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淡島百景2巻 - 時間軸×時間軸、人間関係×人間関係の緻密すぎる漫画作品

凄かった。緻密すぎて1巻合わせて3度は読み直さないと理解が追いつかない。白地のジグソーパズルをゼロから埋めるみたいな漫画。

時間軸、心情、関係性、全てを1つたりとも読み違えては良さの把握が不可能なこの作品構造は、「読みづらさ」とさえ受け取られ兼ねないレベルだ。事実、Ingtagramにはそうバッサリと切り捨てる投稿を見つけた。(そういう人が読むのは残念極まりない)
しかし不親切とは言い切れず、作家性という言葉でも片付けきれない、物語と作中の人物たちに真摯に全力で向かっている姿勢が志村貴子の筆致には確かにあって、よりベストな表現としての「緻密さ」がある。

さて、中身について。淡島百景はオムニバス形式の群像劇、という先日完結した娘の家出にも続くストレートな「志村漫画」だ。1巻ではその種子が蒔かれ、この2巻でそれが方々に発芽している。

歌劇学校・宝塚的な美の世界のドロりとした人間のぶつかり合いが描かれる中、今巻の主軸は7話〜9話「山路ルリ子と日柳夏子」だろう。

現在の時間軸(=最新)では厳格な老講師となった伊吹桂子

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の過去が、祖母・母を含め3代に渡って描かれている。何が凄いのかと言えば、この多層的な構成だ。2巻では「伊吹先生」ではなく、その母の視点から話が綴られる。

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美しい歌劇学校「淡島」を介して長年に渡り延焼を続ける確執。劇中劇に登場するのが、「古き遺恨は新しき不和を招き 血で血を洗う忌まわしき物語!(P130)」なことからも、主軸となる対立がこの親-子-孫の関係性にある。
中間の「子」にあたるのが、山路ルリ子。大人しい顔立ちの彼女は、祖母のスター「日柳夏子(芸名)」からの愛を受けきらずに成長する。

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そんな母への反発としての、大きな存在である母ではなく自分を見てくれたインタビュアーとの結婚。演劇からは離れ、愛することの探索へと舵を切る。

こうした不和が、孫にまで尾を引き、その孫は憎んだ祖母と同じことを美しい同級生にしてしまい、その自責と後悔を抱えながらも講師として淡島へ残り続ける。

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一つの救いとして、母から唯一「人を愛することは学べたわ(P66)」と老年に差し掛かった山路ルリ子の心にその姿が残ったことだろうか。娘の、今は老教師となった伊吹桂子にも、自らの失敗への悔恨と、もう同じような生徒を残さないという生き方へ繋がっている。

 

何と哀しいやりきれない話か、と整理して思ったが、これをあくまでサラっと、流麗に纏め上げているのが志村貴子の凄い所なんだと確信した。表現上はドライに、内情は苛烈に。様々な悔恨や自責の念、マイナスの感情と一種の諦観、それでも前を向いていくという人間が生きる様が描かれている。

時間軸と時間軸が、人間関係と人間関係が多重に交差する、こんな緻密な話を描ける人は他に知らない。萩尾望都の恐ろしいレベルの巧緻性とはまた違う、少女漫画にも青年漫画にも寄らない志村漫画。1巻と合わせて読み返して涙が出た。

こうした一つの人間関係や長年の営みは、顕在化はせずとも作品全体に他の人間関係と共に重層的に重なり、「現在」の時間軸である主人公たちが暮らす世界を形取っている。登場人物図やら何やら、とにかく一側面を切り取るだけでは語り尽くせない凄味がある。

これに関して、細かな話を書いていくのはかなり厳しく、それこそ作品2冊を全て放り投げ、全部読んでもらう以外には100%伝える方法がとうとう思い浮かばなかった。読んでいない人にとっては、何だこの文章?と読み流されてしまうことだろう。

自分の単なる雑記趣味にすら絶望を覚えるぐらい、オーバーテクノロジーと言っても差し支えないレベルの細かさをたたえた漫画だ。
つまり、結論としては、みんな読んでください。読んでこの凄さを感じてください、というくだらないものに尽きる。凄い漫画だ。