N.O.(Nord Ost)

学校ないし 家庭もないし 暇じゃないし カーテンもないし

がれきの空(雑記・最近の懸想の掬い上げ)

要約:ライブ→羅針盤倉橋ヨエコ→仕事について

 

外に向けて読まれるに足る文章を書く力を付けないと、仕事にはならない事は承知の上でチラシの裏の雑記を書きます。

 

先週行ったProm Nightが凄くいいイベントだったからブログに残そうと思っていたのを忘れており、阿佐ヶ谷ロマンティクスまでで終わった下書きをボーッと眺めた。
ライブの記憶は水物で、良かったー!という印象だけが残りディテールまではもう浮かんで来ない。特に出演バンドが多いと幾ら良くても整理が出来ない。

感想は新鮮な内に絶対残さないといけないなと痛感した。せめてメモぐらいは。
CHIIO、阿佐ヶ谷ロマンティクス、KONCOSが飛び抜けて良かった。いずれも今の日本で重要な、歌心あるバンドだと思う。

 

歌心と言えば、羅針盤山本精一の静かで朴訥な声と、美しく爪弾かれるアンサンブルがたまらなく心の中に染み込み広がるバンドで、邦楽を掘る上で避けては通れない存在だと思う。

羅針盤の楽曲は、チープな言葉を用いるなら宇宙的な広がりを想起させるんだけど、外にでは無く内に向け、自己意識だけが無明の中で膨張していくような「お前が自分で考えなさい」という突き放し方に溢れているから唯一無二の存在感をたたえていると思う。特に超名盤・ソングラインに顕著。宇宙というよりは深海や地殻を感じさせる。内観の音楽。

 

倉橋ヨエコも内観と手の届く範囲だけの身の回りを強く表現している音楽を発表していて、ネガティブ感とかメンへラ感、インチキ昭和歌謡的な文脈で語られているのを見るたびに本当に残念な気持ちになる。

東京ピアノ


倉橋ヨエコの音楽には10年に及ぶ深い深い思い入れがあり、別個でしっかり書きたいから控えておくけど、とにかく声を大にして言いたいのは、ネガティブみたいな切り口で聴かれるのは勿体なさすぎる、ということです。

https://m.youtube.com/watch?v=4UR4VYU4lho
こうの史代の作品世界と同じように、あるいは「ぼくらの」でコモが身の回りの世界の愛おしさを認識するあのシーンに通ずるような、美の哲学がある。

f:id:no_nord_ost:20170610025739j:image

 

仕事のコンテンツライティングについて。
文章を作っていくのは楽しいんだけど、付随する「広告」という要素があまり好きになれなくて悩む。
パソコンにも携帯にも、あらゆる媒体でアドブロック系の機能を常時複数起動しているぐらいには邪魔だと思っているし、建前とカネだけしか透けて来ないヤラセ感にもウッと拒絶の心が生まれる。
仕事だから別に良いんだけど、どうせ好きな事しか仕事に出来ない自分が本当に好きなものをカネに替えてしまう事に耐えられるか、という不安がチラついて悩む。WANIMAの太鼓持ちはしたくない。

悩んだときに、志村貴子放浪息子」の最後の至言、
「ぼくの夢は ぼくの夢と折り合いをつけること」
が即座に引き出される。死ぬまで考えの底にあり続ける台詞だ。座右の銘です。

仕事の良いところは所属する場所が出来ることと、仕事を勉強出来るところで、楽しいと言えば楽しいし、先のことを変に考えても無駄だから当面は続ける。自分と何の関係もない知識を頭に入れるの楽しいし。オフィス移転してデカくなるし。冷蔵庫は飲み放題だし。スーパーポテト行けるし。


今度レトロゲームフェチの話書こう。希少なガラクタに何故ロマンがあるのか。結論から言うと「見たことないモノを目撃したい」という好奇心に尽きるフェチなんだけど。