N.O.(Nord Ost)

学校ないし 家庭もないし 暇じゃないし カーテンもないし

高橋留美子傑作集「運命の鳥」 を読んで泣く

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漫画に打ちのめされる事が、何度もあった。

小学生時代、コロコロコミックに新創刊のIKKIの広告が出ていたことが23歳の今に至る全ての始まり。


「大人のマンガ」というようなフレーズが片隅に引っかかり続けて、中学生の頃に「ぼくらの」を発見し追いつく。以降没頭して漫画の虜になり、それから今まで、そしてこれからも永久に漫画を読み続けている。

 

漫画に打ちのめされた中でも、特に何度か決定的な瞬間があった。
それは、鬼頭莫宏を読んだとき、志村貴子を読んだとき、沙村広明を読んだとき、植芝理一を読んだとき、日本橋ヨヲコを読んだとき、以下収まらず、略。


人生における最大の衝撃と言えば完全に志村貴子で、こればかりは大好きなBOaTや片想い、ムーンライダーズなどの音楽よりも半歩前に出る。俺は最後には漫画。

 

さて、そんな決定的な「打ちのめされ」を、再び体感したのは、高橋留美子の短編集「運命の鳥」を読んだついさっきのこと。あまりの衝撃で放心した。良すぎ。
商業ベースの最前線で、アートスペースからパチンコ屋までを駆け抜け続ける、漫画の神様の威光を見た。


著書自体の話を簡単にすると2006年-2011年の近作を集めた掌編で、いずれもビッグコミックスピリッツ掲載のもの。過去のアーカイブが一つも無い、現役作家としてのパワーが遺憾なく発揮された一冊。
表題作以外のすべてが夫婦や家族を主題とし、ラブコメの御大の手で人間模様が生き生きと描かれている。昭和日本のステレオタイプな家庭の中のディスコミュニケーションと、その雪解けの物語。


この中に収められている「年甲斐もなく」(2010)を読んで、ボロボロと泣いてしまった。
話は以下の通り。

 


妻に先立たれた老人が、スポーツジムで出会った若い女を愛してしまう。息子からは「亡き母と父は冷めきっているというか」(P39)と夫婦の間に愛情は無かったように見られていた。
しかし、老人は亡き妻のことを心底愛していた。婚約者に逃げられた母に寄り添いたい一心での結婚。式も挙げず、指輪も無く。

そんな経緯から、老人は
「女房は本当に仕方なくおれと一緒になったんだね。」(P46)
「本当さ、おれは一度だって愛されたことがない。」(同)
と、長年さみしさの最中にいた。

それでも、実は亡き妻は老人を愛そうとしていた。死の前に、離婚届と指輪のカタログを出して選択を迫った。一悶着の末出てきた離婚届の下には、妻の字で書かれた貸衣装と写真館の予約申込書があった。妻はウエディングドレスとモーニングを予約し、改めて結婚写真を撮りたかったのだ。

 


こんなこじれた愛の話が、終始軽快なテンポと穏やかな雰囲気で描かれている。柔らかさや、時折ブレイクのように入るギャグには、この話が漫画である必然性がすべて詰まっている。

映画でも小説でもない、漫画にしか表現出来ないこの物語を読んで、そんな話じゃないのにボロボロ泣いた。

 

その後に続く表題作「運命の鳥」(2009)も、この物語を補強しているようなストーリーで、1枚のアルバムを通して聴いたような収録順の妙も感じられた。

漫画界の歴史的名盤だと思うし、棚の一番いい場所に大事に並べることを決めた。胸がいっぱいになった。ラブコメの大家からvaporwaveのアイコンまでを勤め上げる、日本トップ漫画家の底力を見た。

 

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蛇足:とにかくキャラクターが可愛くてラムちゃんや響子さんを生み出した最高峰のイラストワークも楽しめるし、漫画としてのテンポや見せ方には萩尾望都の短編にも通ずる超絶的な技巧を感じられる、激良な一冊。

正直高橋留美子作品は長編ばかりでちゃんと読めてるものが無いんだけど、それでも間違いなく「高橋留美子ならこれしか無い!」と言い切れる。そんな短編集を2011年に作れるのは異常過ぎて、創作者としての次元が違い過ぎてクソヤバい。マジでおかしい。凄すぎる。漫画好きな人全員に読んでもらいたい。

9/9 片想インダ公園 @ 上野恩賜公園 水上音楽堂

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野外ステージで片想い!これ以上ない至福。だから特に書くこと思いつかない。満足しすぎるとクソつまらないことしか言えなくなりますね。


セットリスト

管によせて
daily disco
片想インダdisco
VIVA! milagro
ひのとり
哀しみを脱いでいこう
来るブルー
ひかりの中からこんにちわ(with 七尾旅人)
いとしいな
party kills me!
踊る理由
棒切れなどふりまわしてもしかたのないことでしょう

en
感じ方
東京フェアウェル

en2
踊れ!洗濯機


観たい曲ほとんどやってたけど踊る理由がロケーション、盛り上がりといい最高だった。片想いの持つ良いところが全て出ていた日。

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この写真のように、説明のつかない奇跡的な瞬間を与えてくれつつ、適度はぐらかしのようなふざけ方をする所まで含めて良いバンド。笑いと感動の距離の近さを教えてくれる。

 

明けて翌日、「ひのとり/哀しみを脱いでいこう」の7インチを回す。f:id:no_nord_ost:20170910141516j:image

ジャケットだけで言うなら2017年ベスト。アルバムも熱望。タムくんの絵と片想いの音楽の完全な調和。

夏の一部始終

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ランタンパレードは特に初期が好きで、そんなに聴くことは無いアルバムだけど時期としてどうしても再生してしまう。夏の、と来て1曲目が「木の葉散る」という夏を俯瞰で観る視点がずば抜けたセンスで、こういう情感を聡いと形容するのだと思う。

 

今年の夏の一部始終は薄ボンヤリしていた。天気のせいだとは思う。
河口湖への1人旅も、カジュアルに旅情は味わえたけど最高だったと言われたら別にそんなこともなかった。ただ、国道沿いの細い歩道を50分かけて歩いたあの日差しだけは紛れもなく夏だった。
海にも行った。由比ヶ浜の海水は半分腐っていて、どちらかと言えば不快に近かったけど楽しかったし、レンタサイクルで周辺を散策したときも高純度な夏を感じられた。がぶ飲みブルーハワイが瞬間最大風速を以ってビールを蹴散らした。

 

最近は何をしているのかと言えば、別に本当に一切何もしていない。音楽を聴いて漫画を読んでいる。あとたまに酒を飲む。gloが軽いせいで日に15本ぐらい吸うようになり、良くないと思う。

人に会ってどこかに毎週繰り出せているだけで充分楽しい。自分の人生は自分の外にある。


平日をへーコラ適当に過ごしながら合間で必死こいて遊ぶ有様はクロールの息継ぎに近い。
その瞬間瞬間は気持ちいいし、泳ぎの最中懸命になるのも快活で悪くないんだけど、やっぱり泳ぎなんてやめて浮き輪の上でたゆたっていたいともたまに思う。

ただまあ、得意で楽な、それなりに好きな泳法で暮らしているだけ相当にマシだなとも思うので、やっている。

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「これは食うための仕事だ 疲れる」
TAGROの漫画の台詞を鑑みるに、好きなことを食いぶちにしてしまうと恐らく残酷な事柄が発生する。

 

しかし、

「それでも私は 本気で漫画と関わっていたいのよ」
G戦場ヘヴンズドアのこの台詞を読むと、一気にどうあっても人生を好きなことで埋めていきたくなる。好きでも得意でもないことに対して向き合うことはしない。

「ぼくの夢は ぼくの夢と折り合いをつけること」

結局、放浪息子の中で最後に似鳥くんが放ったこの言葉に立ち返る。

 

#カクバリズムの夏祭り 8/27 @ 恵比寿リキッドルーム

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観たバンド

 

片想い
キセル
スカート
古川麦と優河
グッドラックヘイワ
PARASOL
思い出野郎Aチーム


大きな声で、良かった!最高!というほど熱狂してきた訳では無いけど、満足度がすごく高いイベントだった。
15年ずっと人を楽しませているレーベルなだけあって、その点は本当に素晴らしいです。
最近アンダーグラウンド的なインディーシーンばかりを観てきて、スパイスや興奮を求め過ぎていたかもしれない。好きなもの・気になるものをじっくり観れるいい時間をたっぷりと過ごした。

 

 

・片想い

片想いが本当に好きでたまらない。音楽と人格の結びつきが良い。生き方の面で憧れる。ずっと観ていたい。
曲のストックが本当に多くて、毎回セットリストをメモるとき分からない曲が1つぐらい出てくる。全部音源で聴きたい。特に廃盤の東京フェアウェルなんか、素晴らしい曲だから、新録されたらいいなと思う。
新曲がまた出来ているようで、7インチも出るようで、インダ公園には七尾旅人も来るようで、あーーー早く行きたい。

 

キセル

初めて生で観る。飲み込まれた。実はそんなに知らないんだけど1曲目がベガ、最後がギンヤンマ。至上の曲目にぶち当たったようだ。
最前列でキセルの演奏を浴び、満足すぎて2バンドほど飛ばした。

 

・スカート

最早わざわざ何を書こう?というぐらい貫禄のあるステージングは、初めて観た日よりもはるかに完成された良質なものだった。つまり最高。です。
スカートも本当に曲のストックが膨大で、じっくり楽しむにはワンマンに行くしかないんだけど、それでも毎度タイム感のあるセットリストの組まれ方には絶対に飽きることが無い。
何度か聴いた例の新曲、さよなら!さよなら!がたまらなく良い。メジャーデビューおめでとうございます。痛快。

 

 

・PARASOL

古川麦グッドラックヘイワ共に良かったけどさておき韓国のPARASOL。
サブステージのKATAにはまばらな客層。ただしみんなPARASOLを心待ちにして、真剣に観ている。空間の質が高い。
韓国の○○とか言うの本当野暮ったいけど、Gi Gi Giraffeやミツメと対応しつつ日本の風土からは絶対に生まれないようなメロディや曲展開で、言葉に出来ない良さがあった。絶好。
最近すごく騒ぎが大きくなってきている(ような気がする)アジアの一端に触れられてラッキーだった。シティポップ論争とか4年ぐらい続いてるけど本当に下らなくて、そんな事いつまでもやってると全部持っていかれて骨も残らないようなショボい事態になってしまうと思った。
KONCOSのTA-1さんが言っていた、「自分の目で見て聴かないと絶対に分からない時代」を感じる。

 

 

・思い出野郎Aチーム

断トツ。これ以上無い。全て肯定された。マジで最高だった。ちょっと泣いた。感謝しかない。すごい。ケの日のパーティソング。

2013年がムーンライダーズ、2014年がスカート、2015年BOaT、2016年が片想い、と毎年一生心に残るバンドを見つけて来たけど、2017年のそれは思い出野郎Aチームかもしれない。
「夜のすべて」というアルバムと、表題曲が死ぬほど良くて、これだけは何としても別個で言葉に書き起こしたい。久々に強く思った。
ボーカルの高橋一さんの、サイトで公開されている「僕らは共に黄金の服を着た」という引用から始まる言葉が、この音楽を更に強固なものにしている。

 

余りにも満足しすぎて観終わった後そのままリキッド出て、男くさいことをしたくなり、缶ビール飲んで天下一品啜って電車飛び乗った。バカなので衝動しかない。

 

ダンスビートとあの子が 夜のすべて
ダンスビートとあの子が 夜のすべて
ダンスビートとあの子が 夜のすべて
ダンスビートとあの子が 夜のすべて

すげー自由 朝まで
すげー自由 朝まで
すげー自由 朝まで
すげー自由 朝まで

(思い出野郎Aチーム/夜のすべて)

TIME IS OVER にならないように


23日間も更新をサボってしまった。情けない、n日坊主。

ココ最近は言葉の夏バテか、2つほど書いてしょーもないからとボツにした以外は特に思いつかなかった。
それにしても、今の生活はストレスフリーでいい。非正規雇用で責任が少ないし、実家に寄生を続けているからだろうけど、ここ4ヶ月ストレスを感じた覚えが無い。

財布事情的には必要な支出だけかさんで学生時代とほぼ変わらないし、時間も減ったけど、ライブハウスには毎週足を運んでいるし漫画は読んでるし人にも会えている。

そして仕事が悪くない。正社員がそろそろ見えてきて、腐った単純作業週間が終わってそこそこ楽しいタスクを振られ始めた。
書きものでメシをたべている師匠もできた。(ハードコアな方で、本当にそのひとのように食っていけるのか少し不安にはなっている)

総じて思ったのは、絶対にこれからの人生で苦労や受難みたいなものを背負いたくないということだ。1gも。
苦労礼賛的な話を貶すわけではない。ただそれを通過儀礼のように考えることが恐ろしい。別に何の苦労もせずに生きている人もいる。

「成功者はすべからく努力し、苦難を乗り越えている」みたいな言説もあるけど、別に成功者になるわけでも無いし、競争なんかも超嫌いで肌に合っていないから間をするり、するりと縫って生きていたい。

そうやってテキトーにやり過ごした先に大きな感動や喜びは無いかもしれない。ただそれは漫画と音楽に外注すれば満ち足りることだ。
人生の主役が空想やステージの世界にあっても良い。詩は日常に対して垂直に立っている。

欲を言えば、週末はバンドがやりたい。音楽も漫画も好きだけど、やはりどうしたって自分でそれを紡いでみたい、とは思う。
思い出野郎Aチームとの出会いが今年1番よかったことで、最高すぎて少し泣いたんだけど、TIME IS OVERという曲を聴いて、ケツに火を付けられた気分になった。
遅すぎることは無いというけど、時間が終わってしまうこともある。何にせよ、好きなことだけに関しては意志を持って向き合わなくてはならない。というダブスタ
(好きなことでする苦労は、好きなことに内包されており、無かったことにできるため)

下北沢THREEの理念?は「敷居は低く、志は高く」らしい。すばらしくありがたい。ただし、恐らく志の高低を判断するのは他人であることが
前提だけれども。

 

 

言えなかった あの言葉を
ふと思い出しても そう

TIME IS OVER

 

TIME IS OVER

 

(思い出野郎Aチーム/TIME IS OVER)

セミファイナルジャンキーという現象 @高円寺DOMスタジオ

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夏のイメージは、多くが小中学生の頃あたり、少年時代に形成される。そして、そのほとんどには大人になった段階で二度と触れられなくなる。

 

けれど、ドムスタジオから避難して食べたカップ麺の味はプール帰りに食べる「あの味」と完全に重なったし、Tシャツやタオルが絞れるぐらい汗だくになったのも何年振りか分からない。セミファイナルジャンキーは小さいころ培った夏のイメージを再生する場所だった。

 

仕事を終えて、友達と軽く食事を摂って1人高円寺へ。310くんと合流。噂には聞いていたけど高円寺の治安が寿町レベルに落ちていた。これか。
GEZAN→KONCOS→the hatch→SUMMERMAN→panonaportを観て力尽きて帰ってしまった。タイムテーブルが把握出来ず、テニスコーツを見そびれたのが勿体無い…

 


1.GEZAN

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久々に客じゃないGEZANを観た。シェラリゾートのスタジオより狭い小部屋×通勤電車並みの人口密度で何が起きているかの理解が追いつかない。モニタースピーカーが倒れそうになるのを四度ほど目撃。狂ったイベントだ。
セミファイナルジャンキーはライブというより現象、集団トランスに近い空気があるから音について何か書くのも野暮な気はするけど、Absolutely Imaginationだけは。

 

2.KONCOS


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GEZANの人口密度にボロカスにされて屋上へ避難し、安全を求めてセッティング帯のスタジオに先入り。知らない女の人と淡々とOFFのKONCOSのスタジオ風景を垣間見る貴重な体験をした。
今年はよくKONCOSを観ているけどTA-1さんはどうしたってヒーローだった。今日聴けたpaletteがマジ最高だった。GHETTO DISCOという言葉が今日は一段と馴染む。

 

3.the hatch
北の野人たち。中華一番を知ってゲラゲラ笑っていた時はこんな天才集団だったとは夢にも思わなかった。
貶し言葉でも褒め言葉でも無く純粋にキチガイというフレーズが合致する音楽。ハードコアパンクに管が混ざる事で発生する混ぜるな危険系の反応。今年観たライブで一番良かった。セミファイナルジャンキーの1等賞はthe hatch。
自分の宗派とは違うけどイアン・マッケイの奇跡は数十人の客の前で起こる的な箴言を思い出した。

 

4.SUMMERMAN
夏のイベントに来てSUMMERMAN観ないのはあり得ない、今日のセットリストはオーバークロック気味でメーター振り切れそうな感じが場とベストマッチだった。この刹那的な疾走感を保っていけるのは凄いことだと思う。大抵の人は心に飼っている少年をカゴの外に逃がしてつまらなくなるのに。
何より良かったのは新曲。タケシコさんのピンボーカル絶唱とメロディのハマり方がマジで最高すぎた。

 

5.panonaport

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踊ってばかりの国と被る残酷さ。客は10人程度。終わってみればパンパン。BECKのフェス編かと思ったマジで。
久々に観たけど本当かっけー!という気持ちになる。ベースラインの気持ちよさ、動き続けるギター、突然のブレイクとかが魅力なのは勿論のこと、武村さんがとにかくイケイケで嬉しくなった。泥臭さのカリスマ。本当好きだ。

 


他にはHave a Nice Day!とかgranuleとかをスタジオ外から少し観た。タイムテーブルが絶妙に散らされてて本当にどれ観るか迷ったけど結局好きなものだけを目撃。

 

セミファイナルジャンキーはイベントやライブといった言葉で括るより単に現象と片付けてしまう方がしっくり来る気がする。台風みたいなもので、外の天気が無茶苦茶になってる時外出しては喜んだ子供の頃を思い出した。GEZANのMVと重なる、子供の頃に形成された夏へのイメージが汗へと濃縮還元されていた。

治安も空気感もクソ過ぎて、とても2017年の光景とは思えないものだった。九龍城砦の怪しさと地下パンクシーンが混ざったような。狂いすぎてて最高。
エレファントノイズカシマシまで観る体力が残っておらず、マヒトさんが警察にがっつり職務質問をされているシーンを目撃し、始発帰宅。3度地元を寝過ごした。

 

淡島百景2巻 - 時間軸×時間軸、人間関係×人間関係の緻密すぎる漫画作品

凄かった。緻密すぎて1巻合わせて3度は読み直さないと理解が追いつかない。白地のジグソーパズルをゼロから埋めるみたいな漫画。

時間軸、心情、関係性、全てを1つたりとも読み違えては良さの把握が不可能なこの作品構造は、「読みづらさ」とさえ受け取られ兼ねないレベルだ。事実、Ingtagramにはそうバッサリと切り捨てる投稿を見つけた。(そういう人が読むのは残念極まりない)
しかし不親切とは言い切れず、作家性という言葉でも片付けきれない、物語と作中の人物たちに真摯に全力で向かっている姿勢が志村貴子の筆致には確かにあって、よりベストな表現としての「緻密さ」がある。

さて、中身について。淡島百景はオムニバス形式の群像劇、という先日完結した娘の家出にも続くストレートな「志村漫画」だ。1巻ではその種子が蒔かれ、この2巻でそれが方々に発芽している。

歌劇学校・宝塚的な美の世界のドロりとした人間のぶつかり合いが描かれる中、今巻の主軸は7話〜9話「山路ルリ子と日柳夏子」だろう。

現在の時間軸(=最新)では厳格な老講師となった伊吹桂子

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の過去が、祖母・母を含め3代に渡って描かれている。何が凄いのかと言えば、この多層的な構成だ。2巻では「伊吹先生」ではなく、その母の視点から話が綴られる。

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美しい歌劇学校「淡島」を介して長年に渡り延焼を続ける確執。劇中劇に登場するのが、「古き遺恨は新しき不和を招き 血で血を洗う忌まわしき物語!(P130)」なことからも、主軸となる対立がこの親-子-孫の関係性にある。
中間の「子」にあたるのが、山路ルリ子。大人しい顔立ちの彼女は、祖母のスター「日柳夏子(芸名)」からの愛を受けきらずに成長する。

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そんな母への反発としての、大きな存在である母ではなく自分を見てくれたインタビュアーとの結婚。演劇からは離れ、愛することの探索へと舵を切る。

こうした不和が、孫にまで尾を引き、その孫は憎んだ祖母と同じことを美しい同級生にしてしまい、その自責と後悔を抱えながらも講師として淡島へ残り続ける。

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一つの救いとして、母から唯一「人を愛することは学べたわ(P66)」と老年に差し掛かった山路ルリ子の心にその姿が残ったことだろうか。娘の、今は老教師となった伊吹桂子にも、自らの失敗への悔恨と、もう同じような生徒を残さないという生き方へ繋がっている。

 

何と哀しいやりきれない話か、と整理して思ったが、これをあくまでサラっと、流麗に纏め上げているのが志村貴子の凄い所なんだと確信した。表現上はドライに、内情は苛烈に。様々な悔恨や自責の念、マイナスの感情と一種の諦観、それでも前を向いていくという人間が生きる様が描かれている。

時間軸と時間軸が、人間関係と人間関係が多重に交差する、こんな緻密な話を描ける人は他に知らない。萩尾望都の恐ろしいレベルの巧緻性とはまた違う、少女漫画にも青年漫画にも寄らない志村漫画。1巻と合わせて読み返して涙が出た。

こうした一つの人間関係や長年の営みは、顕在化はせずとも作品全体に他の人間関係と共に重層的に重なり、「現在」の時間軸である主人公たちが暮らす世界を形取っている。登場人物図やら何やら、とにかく一側面を切り取るだけでは語り尽くせない凄味がある。

これに関して、細かな話を書いていくのはかなり厳しく、それこそ作品2冊を全て放り投げ、全部読んでもらう以外には100%伝える方法がとうとう思い浮かばなかった。読んでいない人にとっては、何だこの文章?と読み流されてしまうことだろう。

自分の単なる雑記趣味にすら絶望を覚えるぐらい、オーバーテクノロジーと言っても差し支えないレベルの細かさをたたえた漫画だ。
つまり、結論としては、みんな読んでください。読んでこの凄さを感じてください、というくだらないものに尽きる。凄い漫画だ。